A:猫目の黒塊 キャッツアイ
この魔物を一言で表すなら「空飛ぶ目玉」ね。それも無数のウネウネとした触手に覆われた、気味の悪い「猫の瞳(キャッツアイ)」よ。しかも、機械兵を接近させてみたら、ゴロゴロと喉を鳴らすような音を立てて追いかけてきた。はっきり言って悪夢だわ……!発見時に機械兵を操作していたノスタルジアは、「猫は亡くなるときに飼い主の不幸を持ち去る」って逸話を、思い出したって言ってたけど……。だとしたら、これは持ち去った不幸の成れの果てなのかも。人の記憶から作られた存在がいるのであれば、あながち的外れとも言えないんじゃないかしら……?
~ギルドシップの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
老婆は自宅の前の玄関の前の陽だまりにロッキングチェアを置き、深く腰を掛けた。
椅子は一旦背もたれの方に倒れ込みながらギッギッと音を立て、前後に揺れた。季節は肌寒い季節だったが、陽だまりはポカポカと心地よかった。
しばらくすると開いたままの玄関の扉の奥から少し肥え気味のチャトラの猫がゆっくり歩いて来た。チャトラの猫はロッキングチェアの左のひじ掛けの下まで来ると、座っった姿勢で老婆を見上げ、細く、短く、ニャッニャッと鳴いた。
「あら、あなたも来たの?」
ひじ掛けから少し身を乗り出すようにしてチャトラの猫を見下ろすと老婆は優しく話しかけた。チャトラの猫は老婆の顔を見上げて、返事をするようにもう一度ニャッニャッと鳴いた。
「ほら、おいで。一緒にお昼寝しましょう」
老婆は自分の太ももをポンポンと叩いてチャトラの猫を誘った。猫は立ち上がるとロッキングチェアの脇から老婆の正面にゆっくり歩いて行き、立ち上がるようにして老婆の膝に柔らかい手をつき、正面から老婆の顔を見上げてまた鳴いた。
「あらあら、ごめんね。あなたももう歳だものね。」
老婆はそう言って微笑むと前かがみになって猫を抱き上げて自分の膝に乗せた。猫は膝に乗せられると匂いを嗅ぎながらくるっと一周体を回すと、ゆっくり老婆の痩せた太腿の上に丸くなり、もう一度礼を言うように老婆の顔を見上げて鳴くとグルグル喉を鳴らしながら自分の前足の上に頭を乗せ、目を閉じた。老婆は微笑みながらチャトラの背中を一回優しく撫ぜ、手に持っていたブラケットを軽く掛けた。
「よしよし、温かいかい?一緒にお昼寝しましょうね」
老婆と猫はポカポカした陽だまりの中のんびり寝息を立てた。
このチャトラの猫がこの家に住み着いたのはもうかれこれ25年前の事だ。嵐の日、川の中州に取り残された生後6か月だったチャトラを助け、育ててくれたのがこの老婆だった。老婆が暮らすアレクサンドリアには昔から「長年可愛がった猫は死ぬときに飼い主の不幸を持って逝く」という言い伝えがある。これはアレクサンドリアでは比較的メジャーな言い伝えで、その影響か猫を飼っている家庭が多い。この老婆がそうした言い伝えを信じていたかは分からないが、老婆はチャトラを大層大切に育てた。そのお陰でチャトラは13~16年と言われる猫の寿命を大きく超えて幸せに暮らしてきた。だがチャトラは知っていた。自分の命がそろそろ尽きようとしていることを。そして自分が連れていくべき大きな不幸が老婆に振りかかろうとしていることを。だから昨日、チャトラはその不幸を喰らった。
チャトラは満足だった。幼い自分を救い、育て、こんなにも永い間愛して大切に育ててくれた老婆に恩返しができたことが。そしてポカポカと温かく、心地いい、老婆の膝の上で逝ける事を心から喜んだ。
そして老婆が目覚める前にチャトラは静かに息を引き取った。
確実な記憶があるのはそこまでで、後は気が付けばここにいた。老婆と暮らしたアレクサンドリアに似た街並みだがどうやら違う場所のようだ。ここにきてすぐの頃人らしき影が寄ってきたので嬉しくなってすり寄ろうとしたが、慌てて逃げて言った事がある。それがきっかけで自分の体を確認してみたが、以前とは全く違った体になっていることに気付いた。老婆に育てられ、うちに遊びに来る子供達にも体中を撫でられ可愛がられたチャトラは人に対して敵意はない。それどころか基本的には人が好きだ。それだけに今のように誰もそばにいない状況が寂しくてたまらなかった。
そんなある日2人の人種の女性がチャトラ近づいて来た。チャトラは嬉しくなって無意識に喉をグルグル鳴らす。すると人は目を丸くして驚いた顔をした。
「ほんまや、…猫や」
「アレクサンドリアの伝承はホントなのね。飼い猫は死ぬ時に飼い主に付いた不幸を背負って逝くのね」
チャトラは身体をすりつけようとして近づくと翠の髪のミコッテが手を差し伸べた。
「ねぇ」
一緒に居たヒューランがミコッテを嗜めるように声を掛けたが、ミコッテは彼女を振り返って微笑むとそのままチャトラの体をさすった。
「背負ってしまった不幸を払えればこの子は元の猫に戻って星海へ還れる」
ヒューランもゆっくり近づいてきてチャトラに触れた。
「待っててね、今還してあげるから…」
そういうとチャトラを撫でた。
リビング・メモリー